ヒトの多発性硬化症とヨーネ菌の関係 by Davide Cossu PhD.
CMRI講演会2018/9/29 要旨
ヒトの多発性硬化症とヨーネ菌の関係
Davide Cossu PhD. 順天堂大学医学部博士研究員(JSPS)
多発性硬化症(MS)は、中枢神経系(脳、脊髄)や、視神経の機能障害を起こす病気です。この病気では神経伝導による情報を伝える事が損なわれる結果として様々な症状が起こります。
中枢神経系の中で、異常な免疫系による炎症が、神経軸索を覆い神経伝導を効率良く安定化させているミエリン鞘のみならず、場合によっては信号を伝える神経軸索自体を攻撃するのです。そして、炎症部位はastrogliosisによるgliar scar(グリア性瘢痕)により触れると硬く感じます。多発性硬化症という病名はこの病変の特徴に由来します。
MSは白人の多い西欧諸国、高緯度地方に多くみられ、赤道近く、黒人には少なくアジアでは比較的まれです。
MSの原因には病原体を含む様々な感染因子、環境因子とともに多数の遺伝子が絡んでいます。しかし、他の自己免疫疾患のように、疾患の原因は十分に理解されていません。
MSのリスクファクターの中で感染に関する文献報告は近年大幅に増加してきました。そして、いくつかの異なった感染病原体の関与がわかってきました。
それでは何故感染が自己免疫疾患に関係しているのでしょうか。
ミエリンを構成する蛋白と、感染因子となる微生物のある特定部分のアミノ酸配列ないし分子構造が非常に類似している(分子相同性仮説)ために、通常では自己に対して反応しない(免疫学的寛容)が破綻し、自己免疫応答が誘発され自己免疫疾患であるMS病態に至ると考えられています。
私の関連した研究の始まりは2010年に地中海にあるイタリアのサルデーニャ島でヨーネ菌と多発性硬化症の関連が報告されたことです。この関連性はMS患者の末梢血および脳脊髄液からの細菌DNAの検出と、MS関連のヒト・タンパク質と構造が共通する複数の細菌蛋白に対する強い液性免疫応答(抗体反応)を検出することにより証明されました。サルデーニャ人は、多くの自己免疫疾患(例えばIDDM:インスリン依存型糖尿病、橋本甲状腺炎、MS)の発症率が高いことによって特徴づけられる背景を持つ、遺伝的に特殊な集団です。
1つの自己免疫疾患に罹る人は第2の自己免疫疾患にも非常に罹りやすいというデータもあります。この事は共通した病原性機序、ないし影響因子が背景にあることを示唆しています。サルデーニャ人の持つある特定の環境と、家畜の数が人口よりも多く広範囲分布するため、ヨーネ菌のような潜在的に伝染力のある微生物が、直接の感染では無く、経口曝露により死菌ないし一部の蛋白が免疫システムに認識される可能性が高くなり、もともとMSを発症しやすい遺伝子素因をもつ集団に相乗的に作用したという仮説を立てました。
ヨーネ菌は抗酸菌ですが終宿主は牛でありヒトへ伝播する際に、感染している酪農製品を食べることやミルクが媒介していると考えています。
この仮説を検証するための次のステップとしては他の民族集団を選択して調べることでした。日本とサルデーニャ島の人々はいくつかの遺伝子レベルでの類似点を共有しています。そして、最近の研究でMSは日本において発症年齢の低下と発症率の増加が明らかになっています。
私はまず、日本人におけるヨーネ菌に対する抗体の証明をしました。
さらに、人のサンプルを用いた研究により患者と健常対照者群とを比較して、日本のMS患者の血清と脳脊髄液中にはヨーネ菌の特異蛋白質とペプチドに対してより高い抗体価を示すことを証明しました。
現在までに数多くの治療法が動物モデルを用いて行われる基礎研究に基づいて開発されてきましたが、私達も実際にヨーネ菌の生体に対するMS発病メカニズムについて現在EAE(自己免疫性脳脊髄炎)というマウスモデルを用いて研究を勧めています。
我々の研究でもヨーネ菌はマウスのEAEモデルでも重要な役割を持つことがわかってきています。ヨーネ菌は複数の自己免疫病に対してある遺伝的素因を持つ人(疾患感受性遺伝子)において重要だと考えられます。我々はすでに治療研究に着手しつつあり、欧米ではヨーネ菌をターゲットにした抗ミコバクテリウム治療の臨床試験は現在進行中である。
(日本語訳:百溪英一、横山和正)
*2018年9月29日第一回CMRI講演会での講演抄録です。