クローン病とヨーネ菌の関連 -食品に混入する抗酸菌抗原の新たな健康被害の可能性-

第89回日本結核病学会総会講演(教育講演)

百溪英一
東都医療大学ヒューマンケア学部教授、東京医科歯科大学人体病理学教室非常勤講師

結核やハンセン病は人類の歴史とともに歩んできた病気である。抗酸菌にはこういった伝染性の強い病気を起こすものから、日和見的に感染して発症も起こす非定型抗酸菌の問題もある。演者はこれらの抗酸菌感染症の仲間で、家畜の伝染病として世界中で静かな猛威を振るってきたヨーネ菌の研究を行ってきた。我が国の厚労省が「ヨーネ菌のヒトへの健康被害」を考え、食品衛生上の管理を厳しくしてきているにも関わらず、医学領域の人々にはあまり知られてこなかった。ヨーネ菌感染が畜産領域において、日本を除く欧米ではすでにお手上げ状態とも言える高度汚染状態に至っていることもまた知られていない。しかし、厚労省指定難病疾患のひとつであるクローン病(CD)とヨーネ病の関連については1932年に米国のクローン医師が牛のヨーネ病に類似した肉眼病変を呈する腸炎のカテゴリーとしてCDを報告して以来、論議の的になってきた。クローン医師自身もCDの肉眼病変はヨーネ病に類似するが組織学的検索において病巣には抗酸菌が認められないという矛盾を述べたが、CDの病理発生機序を探求する試みの経過でヨーネ病との関連が継続して論議の対象に上ってきた。1980年代になりCD患者からヨーネ菌が分離されるとヨーネ菌の関与を明らかにしようとする試みが活発になり、PCR法の普及に伴い、腸病変等からのヨーネ菌特異的DNA(MapDNA)の検出が次々と報告されてその病因論が真実味を帯びてきた。その一方で、MapDNAは潰瘍性大腸炎(UC)の病変や非IBDの腸組織からも検出され、Map生菌の分離頻度はDNA検出に比べて圧倒的に低く、病因論は再び行き詰まり、なかなか決着には至らなかった。現在のクローン病の治療は進歩してきたが、対症療法の域を出ず、原因の究明は急務である。
演者らは長年家畜のヨーネ病の研究を行ってきたが、2001年から類似していると言われてきたヒトのCD、UC腸病変や牛のヨーネ病病変を比較病理学的に解析してきた。その結果、CDとヨーネ病腸炎は肉芽腫性腸炎のカテゴリーには入るものの病理組織学的な炎症の質がかなり異なり、ヨーネ病の肉芽腫は抗酸菌生肉芽腫であるが、CDの肉芽腫はB細胞やプラズマ細胞の浸潤巣やリンパ濾胞内に高頻度に認められるが、ヨーネ病肉芽腫は異なっていた。また、抗酸菌染色や免疫染色を用いてもCDの肉芽腫性病変には抗酸菌は観察されなかった。しかしパラフィン切片から抽出したDNAをQ-PCR法で調べるとMapDNAがCD(13.37%/29例)、UC(3.5%/17例)、非IBD対照(10%/20例)の腸組織から証明された。従来の研究はMapDNAの検出陽性を感染している「生きたヨーネ菌」の間接的証拠だと考えてきた。しかし演者らはMapDNAが細菌の複合抗原の一部であるから、PCR陽性結果を「ヨーネ菌抗原複合体」の局在を示すサインであると考えた。その結果から演者らは新たな「Map死菌抗原のCD発症関与仮説」を立てその実証実験を行ってきた。Map抽出抗原(菌表層脂質抗原)を抽出し、マウスの皮下および結腸内注入感作を行ったところCD酷似の全層性壊死性腸炎が高率に惹起されることを世界で初めて明らかにした。この実験的腸病変は従来からTNBSを用いて用いられてきたTNBS腸炎に類似するが、病変はよりひどく、筋層の病変が特に実際のCD病変に似ていた。
牛ヨーネ病の研究者の間ではヨーネ病感染牛の下痢便中へのヨーネ菌排菌と同様に、ミルク中への排菌もよく知られているが、牛乳の加熱殺菌により感染性はなくなり問題はないと考えてきたが、演者の実験以前には死菌抗原の病原性については考慮がなされなかった。免疫研究者であればフロインドの完全アジュバントを知っているはずである。同様の免疫活性を持つ抗酸菌抗原が食品に入っており、継続的に経口摂取されていることを再認識すべきであろう。
我が国の牛ヨーネ病の有病農家の発生率は約2%に対して米国の大型農場では95%である(平均70%:USDA発表)。マウスのCDモデル実験の結果と国際的牛ヨーネ病汚染状況、ヨーネ病感染牛の牛乳中への排菌、さらに我が国に比べてヨーネ菌汚染が著しく高い乳製品を日本人よりも多く摂取する米国におけるCD患者発生数が我が国の10倍ほど高い疫学的事実等から、すでに知られている遺伝的素因のもと、ヨーネ菌抗原がCD発病のトリガーとなっている疑いが強く示唆される。CDは自己免疫疾患や自己炎症疾患などと言われてきたが、よりよい予防法や治療法を求めていくために、強い免疫増強作用で知られる「フロインドの完全アジュバント」と類似した免疫修飾作用、アジュバント作用のあるヨーネ菌抗原の生体に及ぼす影響と原因不明疾患との関連について再考と対策が必要であろう。

 

*肩書は当時

第 89 回日本結核病学会総会について
Ⅰ.会長、会期および会場
イ)会長 森下 宗彦(愛知医科大学/中日病院)
テーマ「結核医療の進化を目指して ~特別な病気から普通の病気へ~」
ロ)会期 平成 26年5月9 日(金)・10 日(土)
ハ)会場 長良川国際会議場
〒 502-0817 岐阜県岐阜市長良福光 2695-2
電話 058-296-1200